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みんなのいえ ~大島渚「儀式」(1971年)

2007-02-11 17:00:00 Category : ややコワ!ご用心

のっけからナンですが、この映画の怖さの判定は、

難しいです。

本当にぞっとするような作品と感じるひともいるでしょうし、

ひとによっては最初から最後まで大爆笑の連続、

かもしれません。

どっちが正しくてどっちが間違い、ということはなく、

そういう1本。

とにもかくにも、「問題作」には違いありません。

 

舞台は、地方のとある旧家、桜田家。

絶対的権力を持つ祖父・一臣(佐藤慶)のもと、

由緒正しい家柄が、代々続いています。

ある者は重圧に耐えかねて家を飛び出し、

残った者は、家の存続、というか、体面をたもつことを

最優先事項として行動しています。

 

右翼も左翼も、この「家」に守られていれば、

ぬくぬくと過ごすことができる、そんな「家」。

「家」さえ守られるならば、近親相姦、政略結婚、

なんでもありです。

ぐちゃぐちゃで、どろどろで、なあなあ。

その結果としての、ぬくぬく。

 

大島監督が、この一家の奇妙なありさまを通して、

戦後の日本社会を描いていることは明白ですが、

それでもなお、強烈なオーラを放ち続ける1本です。

 

いちばん印象深いのは、満洲男(河原崎健三)の披露宴。

桜田家の儀式ですから、当然、本人の意思の介在する

余地など皆無。

結婚相手から列席者の顔ぶれまで、すべてが祖父の支配下。

ところが、当日になって、花嫁が消えてしまいます。

そりゃそうでしょう。

誰だって桜田家のヨメなどなりたくないに決まっています。

 

で、どうなったか。

花嫁不在のまま、披露宴は決行されます。

透明人間の花嫁がそこにいるかのように、

満洲男がひとりでおめでたい席に立つのです。

 

この映画、全部がぜんぶ、こんな調子。

不条理コントのようでありつつも、同時に、

重苦しいものをど真ん中に投げつけて来る。

怖いのは、本質の部分では、わたしたちはみんな、

この桜田家のひとびととどこかで地続きであるという事実。

 

つまり、ときには爆笑しつつ、ときには恐怖に身をよじらせる、

そんな見方がいちばんふさわしい作品なのかもしれません。

「たまには変わったものが食いてぇー!」

というあなた。

どうですか、この珍味を味わってみては。

「怖いもの見たさ」とは、この映画こそにふさわしい称号でしょう。

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